老老介護6割の時代になって 「家族信託」という新しい「隠居」②
前回ご紹介したこの本についての続きです。
楽天Kobo電子書籍ストア: 認知症の親の介護に困らない「家族信託」の本(大和出版) - 資産凍結、その前にしておくべきお金の対策 - 杉谷範子 - 4430000009244
本書では、成人後見人の財産管理についてこのような事例があったと紹介しています。
こんな話もありました。ビルのオーナーが重度の認知症になったのですが、東日本大震災で耐震工事が求められ、ビルの大規模修繕が必要になった。それには一億~二億円ぐらの資金がかかります。でもオーナーは判断能力がないので、銀行から借り入れができません。そこで、家族は法廷後見人をつけました。
しかし、家族やオーナーが思っていた方向には話は進みません。大規模修繕のための資金借り入れについて後見人が裁判所に相談したところ、答えは「ノー」。「大規模修繕をしても、借入金を返済できるだけの家賃収入があえられうかどうかはわからない」というのが理由です。
そのビルは立地条件もいいので、常識的に考えれば、十分な家賃収入もみこめるものでした。(中略)
ところが裁判所は、たとえ可能性は小さくとも、守るべき財産に損失が生じるリスクを避けたがります。「裁判所が許可しなければこうはならなかった」と責任をとわれたくない。
一方、同じ不動産でも、本人が居住している自宅は簡単には売れません。
(中略)親を自分の家に引き取って面倒をみることにして実家を打って現金化したいと考える額は少なくありません。でも後見人はなかなか首を縦にふらない。裁判所に許可を求めた場合「自宅を売却する前に、まず預貯金などの現金を使いなさい」と指導さえることが多いからです。
確かに、こんなことになってしまったら家族は困ってしまいますよね。
成人後見人制度は、本書では家族にとって強力すぎる「金庫番」と評しています。
本人の財産はしっかりガードできるメリットはあると思いますが、ここまで固すぎると
さすがに困ってしまいますね。
私も外来で認知症の方の家族に、「成人後見人制度がありますよ。法律の専門家が管理してくれるから安心ですよ」などと説明してしまったことがありました。
でも、こんなことになっているなんて知りませんでした。勉強不足でした。
本書では、有効な手段として「家族信託」を提案しています。
家族信託とは、2006年にはじまった制度で、財産の名義を受託者(本人から託される人)に書き換えられることです。
本書では具体例としてこのように説明しています。
家族信託では、預貯金、不動産、株式といった財産に、「××万円は長女が管理し て 「介護費用」に使う」「実家不動産は同居の長男が管理して「いつでも売れるようにしておく」」など、それぞれ「使命」をもたせて、別々の財布にいれることができます。
贈与にあたるのではないかという疑問については、次のように説いています。
家族信託では、ケーキだけ箱から出してAさん(委託者兼受益者)の手元においておき、空っぽの箱だけをBさん(受託者)に渡すことができます。箱だけとはいえ、Bさんには名義人としての法的責任があるので、不動産の管理などの義務を果たさないといけません。Aさんはそういう面倒なことから解放されます。しかしケーキそのものの財産権はAさんが持っているので、家賃収入などをえることができます。
本書ではこの仕組みを現代版の「隠居」と評しています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B1%85
人間年老いてくると、隠居して後継ぎにいろいろなことを任せたくなります。しかし、隠居制度がないため、生前贈与をすると税金がかかります。(こっそりやると脱税ですよ脱税)
一方認知症で判断能力を喪失すると「財産凍結」の問題が生じますし、後見人などがつくと財産を思い通りうごかせなくなる。
さらに本人が死んでしまうと「争族」問題がまっています。
こういった問題に対するさまざまなライフステージの問題に対応できるのが「家族信託」だと本書では評しています。
確かにこういった問題を家族信託は解決してくれそうです。
高齢の親御さんを持つ読者の皆様には、ぜひ本書を読んで参考にしていただければと思います。非常にお勧めできます。
次回は、私の経験も踏まえてさらにこの「家族信託」について考察していきたいと思います。
毎週土曜日更新予定です。ご愛読いただけますと幸いです。
老老介護6割の時代になって 「家族信託」という新しい「隠居」①
1 老々介護6割の時代になって
https://www.asahi.com/articles/ASN7L3V1QN7KUTFL00N.html
厚労省が17日に発表した2019年の国民生活基礎調査では、介護する側とされる側がともに高齢化する「老老介護」が広がり、家族間で介護する世帯の6割に迫っていることが示された。
こんなセンセーショナルな報道がされました。
介護されている方の全員が認知症というわけではありませんが、かなりの割合で認知症になっていると推定されます。
普段、親元から離れていて気がついたら親が認知症になっていたなんてことは、外来をやっているとよく見ます。
そういったときは、「次回の外来のときは必ず息子さんといっしょにきてください」としつこいくらいにいうときもあります。(それでも来ない人がいるので困ってしまいますが・・・)
認知症といっても様々な病型(アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症 ect)があるのですが、どんなタイプの認知症でもある程度進むとお金の管理ができなくなります。
そうでなくても病気になり、(脳卒中でも感染症でもどんな病気でもいいのですが)本人と意思疎通ができなくなってしまうと慌ててしまうと思います。
そうなる前に備えておきましょうというのが、今回紹介するこの本です。
楽天Kobo電子書籍ストア: 認知症の親の介護に困らない「家族信託」の本(大和出版) - 資産凍結、その前にしておくべきお金の対策 - 杉谷範子 - 4430000009244
2 銀行口座は(無情にも)凍結されます
病気になり本人が意思表示できなくなれば、銀行口座は凍結されます。
本書からの引用
たとえば、B子さん(四五歳)の母親のケースがそうでした。
夜中に脳卒中で倒れて救急搬送され、一命はとりとめたものの、意識は戻りません。入院や治療にまとまったお金がかかりそうなので、B子さんは母親の通帳と印鑑を持って銀行に駆け込みました。
ところが、窓口で100万円を引き出そうとしたところ、行員が、「こちらの通帳のご名義のご本人様ですか?」と聞きます。
「いえ、これは母の通帳です」
「それでは、ご本人様にいらしていただきたいのですが」
「母はにゅういんしているので、私が変わりに来たんです」
「お電話で、お母様のご意思を確認することは?」
「まだ意識がないので話ができるような状態ではないんです」
ここまで説明すれば行員も納得して、預金を引き出してくれるだろうとB子さんは思いました。でも、行員の言葉は思ってもみないものでした。
「では、このお通帳の口座はお母様がお元気になられるまでロックさせていただきます」
本人の意思確認ができないので、銀行としては当然そう対応せざるを得ないです。
認知症などで判断能力を失えば、たとえ家族であっても勝手に動かすことは許されません。
ちなみに突然発症の脳梗塞で発症早期の場合は、塞がった脳血管を再開通させることで
脳梗塞部位の機能回復が期待できるため血栓溶解術や血栓回収療術がおこなわれることがあります。
例えば経皮的脳血栓回収術の診療報酬は令和2年時点で33150点となります。
1点10円なので、これだけで331500円の医療費となります。
3割負担だった場合、この治療だけで10万円くらいの自己負担を要求されます。それ以外にも治療にかかる費用を考えれば数十万円の持ち出しが必要になると思われます。
ただし、こういった治療には当然副作用(出血合併症など)もありますし、再開通ができずに重い脳梗塞後遺症が残ってしまうこともあります。そうなればますます医療費は膨らんでいくことになります。
(むろん、高額療養費の払い戻しや医療保険などもあるため最終的な負担額は大きくないかもしれませんが、それでも当座の支払いのために大金を用意しないといけないでしょう)
3 「家族信託」という新しい「隠居」
親が認知症などで判断能力を失ったときに備えて「成人後見人」という制度があります。これは、本人にかわって判断をする「成人後見人」を立てることによって支援する制度です。
後見人がいれば、本人に意思確認ができなくても凍結された銀行口座を「解凍」したり、不動産の処分をしたりすることなどが可能になります。
親族が後見人になると、自分や自分の家族のために使うことは十分にあり得ます。
しかし、後見人はあくまで本人の財産を守ることが目的なので、法的にみれば使い込みになってしまいます。
このルールって実はとてもやっかいなんですよ
(以下 次回に続きます。)
老後に備えて 一介の脳神経内科医のつぶやき
私は、地方のとある病院で脳神経内科医をしています。
高齢化が進んだ地域なので、80代、90代の高齢患者さんたちをたくさんみてきました。
外来には、老老介護、認認介護になっている人たちもたくさんいます。
老後資金がまったくないせいで生活保護にならざるを得ない人もたくさんいます。
70過ぎても蓄えがないせいで警備員の仕事を続けざるを得なくて、病気でいっぺんに貧困になった方もいました。
このブログを通じて私が伝えたいこと
ライフプランニングをいっしょに勉強しようということです。
病気になってからお金がないでは遅いのです。
老後に備えて今できることは何か、いっしょに考えていってもらえるとうれしいです。